退職金は個人再生の減額率に影響するのか?
個人再生をすると、借金を大幅に減額することができます。
しかし、個人再生をするときには、債務者(借金をしている人)が所有している財産の価値が問題となります。
所有財産が多ければ多いほど、減額率が下がってしまうのです。
このとき、債務者の「退職金」についても、評価額の証明をしなければなりません。
退職金を既に受け取っている場合だけではなく、これから受け取る将来の退職金についても、資産計上されます。
すなわち、個人再生で退職金がもらえなくなる・減ってしまうことはありませんが、「退職金が個人再生の減額率に影響する」可能性はあるのです。
今回は、個人再生と退職金の関係について解説します。
1.個人再生で資産価値が問題となる理由
個人再生は、裁判所に申立をして、借金返済額を大きく減額してもらうことができる債務整理の一種です。
成功すれば借金額を5分の1~10分の1程度にまで減らしてもらえます(5分の1~10分の1というのは、法律上定められた最低弁済額です)。
一方で、個人再生には、「清算価値保障の原則」というものがあります。
これは、「債務者が所有している財産の分については、最低限支払をしなければならない」という原則です。
例えば、300万円相当の資産を持っている人が、個人再生によって500万円の借金を最低弁済額である100万円にしてもらえるとすると、債権者にしてみれば「自己破産で財産を配当してもらった方が得だった」ということになってしまいます。
このような債権者側にとっての不公平をなくすために「清算価値保障の原則」があるのです。
清算価値保障の原則があるため、個人再生をするときには、多くの資産があると減額率が下がってしまいます。
先の例で考えると、500万円の借金がある人の場合、特に資産がなければ法律の定めにより100万円にまで借金を減額してもらうことができますが、300万円分の資産があったら借金は300万円にまでしか減額されません。
また、もし500万円分の資産があったら、借金は一切減額してもらえないことになります。
[参考記事]
個人再生の最低弁済額|月々の支払いはいくらになるの?
2.個人再生と退職金の関係
冒頭でも軽くご説明しましたが、個人再生の手続において、退職金は「債務者の資産」として取り扱われます。
すでに退職金を受け取っている場合には、退職金は預貯金などの資産に変わっているでしょうから、それが計上されます。
一方、これから受け取る場合には「退職金債権」が資産として計上されます。退職金債権というのは、労働者が会社に対して退職金を請求できる権利のことです。
つまり、サラリーマンや公務員で退職金を受け取る予定のある人は、個人再生をしても資産評価が高額となり、清算価値保障原則に基づいてあまり借金が減らない可能性があるのです。
「個人再生すると、退職金を受け取れなくなる」と思われていることがあります。しかし、実際には個人再生によって退職金を受け取れなくなることはありません。
先にも説明したように、個人再生の清算価値保障原則は、「持っている財産は最低限支払わなければならない」という決まりで、財産そのものをとられるというものではありません。
なお、サラリーマンや公務員の人の場合でも、常に退職金が問題になるわけではありません。
各地の裁判所の運用にもよりますが、退職金債権の計上が必要なのは、勤続5年以上の場合がほとんどです。
一般的に、勤続3年以下の場合、ほとんど退職金は発生しません。また、3年~5年の場合でも非常に金額が低くなるので、個人再生で問題になることはないでしょう。
この場合は、後述する退職金見込額証明書も必要ありません。
(※なお、雇用形態がアルバイトや派遣社員の方は、通常裁判所は「退職金はない」と判断してくれますが、その事実を証明する資料として雇用契約書など雇用形態が確認できる書類の提出を求められることもあります。 )
3.退職金の評価方法
では、個人再生で退職金が問題となるとき、具体的にはいくらとして評価するのでしょうか?
退職金の評価方法は、退職金の受け取り時期によって異なります。
(1) 退職金支給が相当先の場合
退職が決まっていないなら全てこのパターンになるでしょう。
この場合、退職金をまだ受け取っていないので、資産の基礎となるのは「退職金見込額」となります。
退職金見込額とは、「もし今退職したら、退職金をいくら受け取ることができるか」という金額です。
退職金見込額の評価時は、再生計画認可決定時です。
そこで、「再生計画認可決定時に退職したとしたら、会社から支給されるであろう退職金の金額」が、資産の基礎となります。
当然ですが、あくまで見込額なので、実際に会社を辞める必要はありません。
また、退職が遠い将来である場合、本当に退職金を受領できるか否かが不確実になります。
退職するまでの間に会社が倒産するかもしれませんし、退職金規程が変更されるかもしれません。
こういった可能性を見越して、資産計上する金額は、退職金見込額の8分の1となります。
たとえば、退職金見込額が400万円の場合、個人再生の資産として計上される評価額はその8分の1である「50万円」となります。
(2) もうすぐ退職する場合
たとえば、すでに退職願を出していて退職日まで決定しているようなケースや、既に退職していてあとは退職金の振り込みを待っているようなケースです。
この場合、退職金を受け取ることができる見込みが高いです。
そこで、退職が決まっていない場合より高い額を資産として計上すべきと言えます。
ただ、退職金は、一部が差押禁止債権として取り扱われています。
退職金債権は、労働者の重要な権利であり、退職後の生活にも必要なものなので、一部しか差し押さえができないことになっているのです。
退職金債権で差し押さえができるのは、4分の1の金額までです。
そこで、退職が間近なケースにおいて個人再生で資産計上するのも、これに準じて退職金評価額の4分の1となります。
退職金見込額が400万円の場合、個人再生の資産として計上される評価額はその4分の1である「100万円」となります。
(3) 既に退職して退職金を受け取っている場合
この場合、退職金は受領済ですから、「退職金債権」ではなくなっています。
振り込まれた預貯金のまま置いていたら預貯金として、投資信託や株券や不動産を購入したらそれらの資産として、もしくはその退職金で住宅ローンを完済したら自宅不動産として、といったように別の資産としてみなされます。
この場合、退職金の全額が資産計上されることになります。
たとえば、3,000万円の退職金を受けとり、そのまま預貯金として3,000万円を置いていたら、「3,000万円の預貯金(資産)がある」として評価されます。
ただし、多額の退職金を受領しても、必要な費用として使ってしまっていれば、全額が資産計上されることはありません。
たとえば、退職金を切り崩して生活をしていたことで今は100万円くらいしか残っていない、という場合には、資産計上されるのは100万円となります。
そうはいっても、個人再生直前に不自然なお金の使い方をすると、「何に使ったのか」と手続上の問題が発生する可能性があるので、絶対に控えましょう。
個人再生申立時にはまだ退職金を受け取っていなかったけれども、再生計画認可決定時までの間に受け取るというケースがあります。この場合、退職金は、「もうすぐ受け取るケース」か「すでに受け取っているケース」か、どちらの扱いになるのでしょうか?
この問題は、「個人再生における資産計上のタイミングがいつになるか」という問題です。これについては、一般的に「認可決定時」と考えられています。
そのため、個人再生申立時や開始決定時にまだ退職金を受け取っていなくても、認可決定時までに受け取ると、受け取った退職金(預金)が全額資産として評価され、借金が全く減らないという可能性があります。
退職が間近である人が個人再生をするときには、申立のタイミングや個人再生をすることの可否について、慎重に判断する必要があります。
4.退職金見込額証明書について
さて、個人再生をするときには「退職金見込額」を証明しなければならないとご説明しましたが、この退職金見込額(予定額)はどうやって計算するものなのでしょうか?
これについては、2つの証明方法があります。
1つは会社から退職金証明書を取り寄せる方法、もう1つは会社の退職金規程を入手して自分で計算する方法です。
(1) 会社から退職金証明書を取得する
退職金証明書というのは、勤務先が「今、〇〇さんが退職したら、いくらの退職金を支給します」と書いて退職金額を証明する文書です。
個人再生をするときには、基本的に会社に退職金証明書の作成を依頼して、入手した退職金証明書を裁判所に提出する必要があります。総務部やその他の担当部署に申請をしましょう。
ただ、退職金証明書を申請するときは、必要な理由を説明しなければならないことが普通です。
このとき「裁判所に提出するため」「個人再生に必要」などと説明すると、借金を抱えて債務整理していることを知られます。
債務整理したからといって会社を解雇されることはありませんが、できれば会社には秘密にしておきたいという方が多いでしょう。
そこで、退職金証明書の申請を出すときには、「住宅ローンなどの借入をするのに、金融機関に提出しなければならない」といった申請理由を使うと良いです。
実際に、ローン借入の審査において退職金証明書の提出を要求する金融機関もあるので、この説明は個人再生がバレない方法として有効です。
(2) 退職金規程を取り寄せて自分で計算書を作成する
退職金証明書を入手しようとしても、スムーズにいかないことがあります。
たとえば、勤務先が小さな事業所で、特定の退職金取扱い部署もないようなところであれば、「計算方法が分からない」と言って、発行までに非常に時間がかかってしまうこともあるでしょう。
「忙しいから」などと言われてなかなか対応してもらえないこともあるようです。
また、「住宅ローンのために退職金証明書が必要」という説明を、定年退職が近い場合などにするのは不自然です。
このように、退職金証明書の作成依頼が困難であるケースでは、自分で退職金を計算することにより、退職金証明書の代用とすることができます。
退職金が支給される場合、必ず勤務先に退職金規程があります。退職金規程を策定しないかぎり、会社は退職金を支払う必要がないからです。
そこで、退職金規程を入手して、それに従って自分で計算をすると、正しい退職金見込額がわかります。
退職金規程は、会社内において従業員がアクセスできる場所に置いてあるはずです。就業規定と一体になっている場合もあります。
公務員の場合、退職金計算方法が公表されているので、非常に分かりやすいでしょう。
退職金規程を見つけたら、自分のケースであてはめて計算書を作成します。
裁判所に、退職金規定の写しと計算書を提出したら、退職金証明書の提出は不要となります。
この方法なら、会社に個人再生を知られる可能性がなくなるので安心です。
(退職金規程を入手できれば、計算を弁護士に依頼することも可能でしょう。)
5.個人再生手続は泉総合法律事務所へ
以上のように、多額の退職金がある場合、個人再生をしてもあまり借金が減らない可能性があります。
具体的にどこまで借金が減るかは、ケースによっても異なります。また、退職金証明方法にも工夫が必要なケースがあります。
個人再生をする際には退職金関連で様々な問題が発生する可能性があるため、心配な場合は弁護士にご相談いただくのが一番です。
泉総合法律事務所は、これまで多くの方の借金問題を個人再生手続によって解決してきました。
一人ひとりに合った債務整理方法を専門家がアドバイスし、借金の解決をサポートしてまいりますので、是非ともお気軽に泉総合法律事務所にご相談ください。