民事執行法改正(財産開示手続き)の債権者への影響
借金の返済を滞納したままでいると、債権者は法律に基づいた方法で債権回収しようとしてきます。
例えば「民事執行法」による強制執行や担保権の実行です。給与や現預金債権の差し押さえ、動産や不動産の差し押さえなど、債権を強制的に回収する方法が民事執行法に規定されています。
この民事執行法ですが、実は2020年(令和2年)に改正が行われていたことをご存知でしょうか?
この改正によって、借金を抱えている人が従来とは違った苦境に立たされる可能性が高まりました。
では、民事執行法のどこがどのように改正されたのでしょうか?そして、それは債務者と債権者にどのような影響をもたらすのでしょうか?
1.「財産開示手続き」が改正
今回の改正の注目ポイントは「財産開示手続き」の変更です。
しかし、「そもそも財産開示手続きってなに?」と思う人が大半でしょう。まずは、財産開示手続きについて簡単に解説していきます。
(1) 財産開示手続きとは
損害賠償請求権等を有する債権者が、債務者の財産を差し押さえたい場合は、債務者の財産を特定する必要があります。
裁判所に「あの人の財産を何でもいいから差し押さえてください」と頼んでも、当然ながら裁判所は何もしてくれないのです。
仮に裁判を起こして勝訴しても、あるいは裁判の確定判決と同様の効果を持つ公正証書で契約を締結していても、債権者は債務者の財産を特定しなければ差し押さえができません。
しかし現実問題として、差し押さえを受けるかもしれない債務者が、債権者に財産の情報を自ら教えることはないでしょう。
そこで、債務者に裁判所まで出頭させ、財産の所在を明らかにさせるための手続きが設けられました。
これが「財産開示手続き」というわけです。
(2) 改正前の財産開示手続きの問題点
改正前の民事執行法に定められた財産開示手続きでは、債務者を裁判所に呼び出して、どういった財産を保有しているかを明らかにさせることができました。
しかしこの制度には問題があり、実効性に乏しく、利用する人もあまりいないことが問題となっていました。
主な問題点は以下の2つです。
債務者が裁判所に出頭しない
債務者には事故の財産に関する情報を開示する義務があります。しかし、財産開示手続を実施し、債務者に「裁判所まで来て財産を明らかにしてください」と連絡をしても、債務者が裁判所に来ないことがありました。
また、出頭しても虚偽を述べるなどして、財産の所在を明らかにしないこともありました。
これを防ぐために、出頭の拒否や虚偽の申述などの行為には「30万円以下の過料」という行政罰が規定されていました。
しかし「財産を明らかにして差し押さえを受けるよりも過料を支払った方が安上がりだ」と考える債務者もいて、抑止効果は薄かったようです。
財産開示手続きの申立てをできる人が限られていた
かつての民事執行法では、裁判の「確定判決」または債権者と債務者が和解したことがわかる「和解調書」等の債務名義を持っていなければ、財産開示手続きの申立てすらできませんでした。
裁判や和解というステップを経なければ申立てができなかったため、申立てのハードルがかなり高いことが問題となっていました。
(3) 改正後の財産開示手続き
以上のように、財産開示手続きは申立てまでの難易度が高く、仮に申立てをしても債務者の「逃げ得」を許すような制度でした。
改正法はそういった点を改め、より実効性のあるものとなりました。
厳罰化された
先述のように、出頭しなかったり虚偽の陳述をしたりしても、「30万円払った方がマシだ」と考える債務者がいました。そのため、制裁を強化して抑止効果を高める改正が行われました。
改正により罰則は「6か月以下の懲役または50万円以下の罰金」となりました。
これは刑事罰であり、行政罰とは異なります。
刑事罰を受けるということは、犯罪者として記録が残る、早い話が「前科がつく」ということです。
重い罰を設定することで、債務者が財産開示手続きを無視せず参加するように促しています。
申立てのハードルが下がった
改正前は和解調書や確定判決等の正本を持っていなければ財産開示手続きの申立てができませんでした。
しかし、改正後は以下の書類が追加されました。
- 仮執行の宣言を付した判決や支払督促
- 金銭等の支払いを目的とする内容の公正証書等
仮執行の宣言とは、確定判決ではないものの、仮の執行力を持った判決というイメージで考えてください。
重要なのは「公正証書」が追加されたことです。
前もって公正証書を使って金銭の支払いについて契約等をしていれば、債権者は裁判や和解を経ることなく財産開示手続きの申立てができるようになりました。
2.「第三者からの情報取得」が改正で新設
ここまでは、改正前と改正後で「変わった部分」を紹介してきました。
しかし「新設された部分」にも非常に重要なところがあります。
従来の財産開示手続きの対象は債務者のみでした。
しかし、新設された規定では、債権者が債務者以外(銀行等)からでも情報を取得することができるようになっています。
そうは言っても、例えば債権者が債務者の親族や友人知人に連絡して「あの人の財産を教えてください」と言えるようになったわけではありません。
債権者が直接第三者に連絡を行うわけではなく、裁判所を通して行うことになっています。
また、情報を照会できる相手と情報の内容は、以下のように限られています。
- 市町村:債務者が給与や報酬をもらっている勤務先等の情報
- 年金機構:同上
- 金融機関(銀行や振替機関等):債務者の預貯金口座や上場株式などの金融資産に関する情報
- 法務局(登記所):債務者の土地や建物に関する情報
仮に「給与を差し押さえたい」と思った場合、債務者の勤務先の情報が必要ですが、第三者から勤務先の情報を得られるのは養育費・生命や身体の侵害に対する損害賠償金の支払いを受けたいときに限られています。
単に「債務者が何かを買うためのお金を貸した場合」や、「債務者に物を壊されたので弁償して欲しい場合」などは、市町村や年金機構から債務者の勤務先等の情報を教えてもらえません。
3.債務者が気をつけるべきこと
最後に、今回の改正を債務者(お金を借りた側)の立場から見た場合の、注意点や対処法を見ていきましょう。
(1) 財産開示手続きを受けやすくなる
債権者が財産開示手続きを利用しやすくなったため、債務者は財産を特定されやすくなりました。
たとえ「自分には財産がないから債務の弁済ができない」と嘘を言って弁済から逃れていても、相手が財産開示手続きの申立てをすればその嘘がバレてしまいます。
また、債務者以外の第三者からも情報を得やすくなったため、借金から逃れづらい状況になったと言えます。
債務者本人が裁判所へ行かずに財産開示手続きを放置する、または嘘を述べるなどすると、刑事罰を受ける可能性があります。
(2) 強制執行を受けやすくなった
財産を特定されやすくなったということは、その後に続く強制執行を受けやすくなったということでもあります。
給与や預貯金口座などを特定され、それらが差し押さえられると、生活に大きな影響が出ることは言うまでもありません。
[参考記事]
借金滞納で給与差し押さえ!解除・回避のために必ず知っておくべき事
4.対処法は「自己破産」など
民事執行法の改正によって、債務者は財産を特定されやすくなり、差し押さえを受けるリスクも極めて高くなりました。
しかし、早期に自己破産や個人再生の手続きをすることで、強制執行は回避できます。
また、新設された第三者からの情報取得手続きについても、強制執行を開始できない事情がないことが手続きを進める要件の1つになっているため、例えば破産手続開始決定を受けていれば、債権者は第三者からの情報を得られなくなります。
早めに自己破産等をすることで、強制執行そのものや強制執行をするための財産開示手続きを受けなくなるのです。
とは言え、強制執行の回避のための最も良い解決策はケースごとに異なります。
ベストな解決方法を探すためにも、借金でお困りの方は一度泉総合法律事務所の弁護士までご相談ください。