破産管財人の否認権|「偏波行為否認」と「無償否認」について
自己破産では、裁判所から「破産管財人」が選任されることがあります。
破産管財人は破産手続を進めるための様々な職権を持っており、その中の1つに「否認権」というものがあります。
※否認権の基本的な部分については以下のコラムをご参照ください。
[参考記事]
破産管財人による否認権の行使とは?
破産管財人は必要に応じて否認権を行使して、破産申立人が処分・譲渡した財産を破産財団に組み込むことが可能です。
否認には様々な種類があり、その中に「偏頗行為否認」と「無償行為否認」というものがあります。
本記事ではこの2つについて解説していきます。
1.偏頗行為否認
まずは「偏頗行為否認」について説明します。
(1) 偏頗行為とは
「偏頗(へんぱ)行為」とは、わかりやすく言えば「えこひいき」のことです。
複数の債権者がいるにも関わらず、特定の債権者だけが得をするように弁済したり、担保を提供したりする行為が偏頗行為に該当します。
債務を消滅させるために弁済する行為を特に「偏頗弁済」と呼びます。このときの弁済には金銭による弁済だけではなく、金銭の代わりに物品で支払うような代物弁済も含まれています。
わかりやすい例としては、「もうすぐ自己破産するけれど、友人からの借金を自己破産で帳消しにすると友人が困ってしまう。だから友人にだけは自己破産の前に支払ってしまおう」などという行為は、典型的な偏頗弁済です。
債権者と債務者が友人関係になくても、弁済期が到来している借金をさしおいて、弁済期が到来していない他の借金を弁済するなどすると、やはり偏頗弁済となります。
自己破産には「債権者平等の原則」があり、全ての債権者を平等に扱うことになっています。
しかし、偏頗弁済が行われると一部の債権者のみが弁済を受けることになります。弁済によって債務者の財産が減ってしまうと、他の債権者が満足な弁済を受けられません。
そのため自己破産において偏頗行為は禁止行為とされています。
(2) 偏頗行為否認とは
偏頗行為否認は、文字通り偏頗行為に対して管財人が否認権を行使することです。
偏頗行為否認には2つのパターンがあります。
支払不能状態になる30日前までにした偏頗行為に対する否認
破産申立て人が支払不能状態になる30日前までにした偏頗行為については、「特に法律的な義務がないにも関わらず、任意で行った偏頗行為」が否認権の対象となります。
返済期限が到来するなどして支払義務が発生した債務に対する偏頗行為については、このパターンの否認権は行使されません。
支払不能状態または自己破産申立て後の偏頗行為に対する否認
こちらの場合は法的な義務に基づいて実行した偏頗行為であっても、否認権が行使されてしまいます。
支払不能状態に陥ったしまった場合、その後の弁済は法的義務が有るかどうかに関わらず、自己破産の手続きを通して行われるべきものです。それにも関わらず自分勝手に弁済してしまうと偏頗行為とみなされ、否認権が行使されてしまうおそれがあります。
(2) 偏頗行為否認が行使される可能性があるケース
過去には、一般人の感覚では思いつかないような行為が偏頗行為として認められたことがあります。
偏頗行為否認に関する理解を深めるために、やや変わったケースについても紹介していきます。
強制執行
債権者が債務者の財産を差し押さえるなどして回収することを強制執行と言います。
強制執行は法律で認められている正当な行為ですが、強制執行のタイミングによっては偏頗行為に該当し、破産管財人が否認権を行使することがあります。
強制執行は債務者の意思に関わらず強制的に行われますが、強制執行をした債権者のみが債務者の財産から弁済を受けるという点では、偏頗行為と同じ効果を発生させ、債権者平等の原則に違反してしまいます。
自己破産の申立てがあった以上、全ての債権者は自己破産手続きによって弁済を受けることになるため、破産管財人は強制執行で債務者の財産を回収した債権者に対して、否認権を行使できます。
債務者が支払不能になったことや自己破産の申立てをしたことを知りつつ強制執行を実行した場合などは、否認権が行使される可能性が高いです。
債務者自身が直接行ったわけではない弁済
こちらは具体例を挙げて説明します。
地方公務員のAさんは複数の債権者から多額の借金を抱えており、自己破産の申立てをしました。
その後Aさんは退職し、B県から約400万円の退職金をもらえることになりました。
Aさんは地方公務員共済組合Cから約700万円借りていたため、B県は地方公務員共済組合法に基づいて、Aさんの退職金全額を共済組合Cに支払いました。
その後Aさんは自己破産して破産宣告を受けましたが、B県の組合Cに対する支払いが偏頗行為に該当すると判断されました。
これは、本来Aさんの退職金債権も自己破産手続きの中で処理されて各債権者に配当されるべきなのに、組合CがAさんの退職金債権から優先して弁済を受けたためです。
B県の支払いは地方公務員共済組合法に基づいたものでしたが、この法律を含めた他の法律には、Aさんの退職金債権から組合Cが他の一般債権者より優先的に弁済を受けられる規定がなかったため、偏頗行為にあたるとされました。
2.無償行為否認
続いて「無償行為否認」について説明します。
(1) 無償行為否認の概要
無償否認は、債務者が自分の債務を減らす目的もなく他人へ財産を譲るなどの無償行為に対して行われます。
代表的な無償行為は「贈与」です。
例えば「自己破産をすると自分の自動車を失ってしまう。どうせ失うのであれば友人に譲ってしまおう」と考えて実際に譲り渡した場合は、破産管財人が否認権を行使することになります。
債務者が高額な財産を無償で譲り渡してしまうと、債務者の財産が減ってしまいます。その結果、債権者は満足な弁済を受けられなくなります。
これを防ぐために、破産管財人は贈与を受けた人に「譲ってもらった財産を返してください」と否認権を行使して請求することができます。
(2) 無償行為否認が行使される要件
贈与を受けた側に返還を請求するということは、贈与を受けた人の財産を減らすということです。
贈与された人の権利が問題となりますが、元々無償で譲り受けた物ということもあって、返還しても大きな不利益は基本的に発生しません。
そのため偏頗行為否認よりも否認権を行使できる要件が緩く設定されており、破産管財人が否認権を行使しやすくなっています。
要件は以下の3つです
破産者自身の行為であること
破産者ではない第三者が無償行為を行っても、それに対して否認権が行使されることはありません。
支払停止等の6ヶ月前からの無償行為であること
偏頗行為否認の対象となるのは、支払不能状態になる30日前までにした偏頗行為でした。
しかし無償行為否認では、借金の支払いを停止するなどした6ヶ月前以降の無償行為が対象とされています。
偏頗行為否認に比べて6倍も長い期間が設定されています。
無償または低額で売却するなどしたこと
破産法には「無償またはこれと同視すべき有償行為」が否認権の対象とされています。
同視すべき有償行為とは、適正価格よりも著しく安い金額で売却する行為などです。
(3) 無償行為否認が行使される可能性があるケース
意外なときに無償行為否認が行われることもあるので、ここで紹介します。
会社の代表者による会社のための担保供与
会社の代表者が自分の会社の連帯保証人となり、担保を供与したことが無償行為とされることがあります。
これは「代表者個人が会社から対価を得ず、会社の債務のみを負担する行為」だと判断されたためです。
しかし現実問題として、中小企業などでは代表者が個人的に会社の連帯保証人になると同意しなければ、銀行などからの融資を断られるケースが多く見られます。
無償行為になることを避ける方法として、会社から保証料を受け取るなどの対策があります。対価を得れば無償行為と判断されにくいためです。
相続
例えば、自己破産を考えているAさんの親が亡くなり、数人の相続人で遺産分割協議を行ったとします。
協議の結果、Aさんの相続分は法定相続分よりも少なくなってしまいました。
Aさんの債権者としては、Aさんに法定相続分を相続してもらった方が、Aさんの財産が増えるため、Aさんの自己破産によって得られる配当が多くなります。
そのため「Aさんが法定相続分より少なく相続したため、他の相続人の相続分が増えた。これはAさんが他の相続人に無償で財産を譲渡したのと同じでは?」という考え方ができなくもありません。
しかし、遺産分割協議は原則的に無償行為には当たらないという判断が裁判所によって下されています。
ただし裁判所は同時に「民法906条によって定められた『遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする』という事情とは無関係に行われるなど、特段の事情があった場合は、破産法上の無償行為になりえる」とも述べています。
要するにケースバイケースであるため、相続の際は弁護士に相談して、遺産分割協議が無償行為に当たらないか判断してもらうことをおすすめします。
3.否認権に時効はある?
「過去の行為が原因で否認されないか」「昔の行為が否認されて自己破産に失敗するのではないか」と不安になる人もいるかもしれません。
しかし、ここまで述べてきたように、否認の対象となるのは基本的に以下の行為です。
- 偏頗行為否認の場合は支払不能になる30日前までにした偏頗行為
- 無償行為否認の場合は支払不能になる6ヶ月前までにした無償行為
否認の種類には偏頗行為否認や無償行為否認以外のものもありますが、破産管財人の否認権自体は、破産手続開始の日から「2年」を経過すると行使できなくなります。
また、否認しようとする行為のときから「20年」を経過した場合も同様に否認の行使ができません。
上記の期間は時効ではなく除斥期間というものであり、時効が更新されることはありません。時効を援用する必要もないため、期間が経過すれば自動的に管財人の否認権は消滅します。
4.否認権の行使を避けるために弁護士へ相談を
否認権を行使されないよう、自己破産前後の偏頗弁済や贈与は避けるべきです。
しかし、自分自身が気をつけていても、想定外の行動が偏波行為・無償行為とされてしまうことがあります。
否認権を行使する破産管財人への適切な対応は、弁護士へお任せください。
泉総合法律事務所は、自己破産を初めとする債務整理方法で多くの借金問題を解決してまいりました。偏波行為・無償行為を避けるための正しい行動もアドバイスいたします。
借金問題に関する相談は何度でも無料ですので、安心してご連絡いただければと思います。