個人再生手続で債権者漏れがあったらどうなる?
個人再生手続では、申立の際、債権者一覧表を裁判所に提出しなくてはなりません(民事再生法221条3項、244条、民事再生規則114条、140条)。
[参考記事]
債権者一覧表の書き方を解説
ところが様々な理由から、債権者の一部を記載していない債権者一覧表を提出してしまうケースがあります。
弁護士が申立代理人となっている場合でも、依頼人である債務者が特定の債権者の存在を秘匿してしまえば、たとえ弁護士といえども、真実を知る術はありませんから、不完全な債権者一覧表を提出してしまう結果は避けられません。
しかし、このようなことは決してお勧めできません。何故なら、債権者の申告に漏れがあった場合、申立人である債務者にも、その債権者にも不利益があるからです。
1.債権者漏れが生じる原因
実は、破産や民事再生を申し立てる際に、裁判所に対し、債権者の一部を申告しないという事態は、そう珍しいことではありません。
例えば、両親・配偶者・兄弟姉妹など、家族からの借金も債権ですが、現実的に家族関係が良好で、債権者である家族が返済を要求するつもりがないという場合には、家族からの債務免除を得て、債権者に含めず、総債務額を減少させることはよくあることです。
このような場合は問題ありませんが、次のようなケースは注意を要します。
- 取立の厳しい債権者に対する恐怖心から、その債権者を届け出ないケース
- 金を貸してくれた友人や親戚に対する遠慮から、その債権者を届け出ないケース
- 民事再生手続を勤務先に知られることを恐れて、勤務先の会社からの借り入れを届け出ないケース
- 久しく督促がなかったため、債務者が借金の存在を失念してしまっていたケース
- 著しい多重債務のために、債務者が債権者を正確に把握していないケース
- 個人事業主として、多くの取引先との間に債権債務があるため、うっかり一部の債権者を欠落させてしまうケース
4,5,6のように債務者の過失による場合には仕方ない面もあります。しかし、1,2,3のように、債権者の存在を認識しながら、民事再生手続とは別枠で返済するつもりで、わざと届け出ないという行為は、絶対にやってはいけません。
それは、債務者自身に不利益を及ぼす危険があるだけでなく、その債権者にもデメリットを及ぼす行為だからです。
2.債権者側のデメリット
(1) 漏れた債権者の権利も減額される
個人再生は、中小企業などを対象とした原則的な民事再生手続の特則です。
通常民事再生では、債務者の提出した債権者一覧表の記載にかかわらず、債権者がその権利を行使するには、自ら裁判所に自己の債権を届出することが要求されており、届出をしない債権者は再生計画の対象外とされて「失権」してしまうことが原則です(178条1項本文)。
他方、もしも個人再生手続においてもこのような取扱いをするならば、債権の有無・内容などについて、十分に慎重な調査が必要となりますが、それでは簡易迅速な手続という個人再生手続の目的が実現できません。
そこで、個人再生においては、債務者が提出した債権者一覧表に記載がある債権者は、それだけで裁判所に債権を届け出たものと取り扱い(225条)、さらには債権者一覧表に記載がなく、かつ、債権の届出をしなかった債権者でも失権することはありません(238条による178条1項本文の適用除外)。
もっとも失権しないと言っても、債権の全額を請求できるわけではなく、再生計画で定められた減額割合にしたがって、他の届出された債権と同様に減額されてしまうのです(232条2項、244条)。
(2) 漏れた債権者には3年間支払えない
ただ、他の債権と同様に減額されると言っても、他の債権者と一緒に分割弁済を受けることができるわけではありません。
債権者一覧表に記載されず、債権届出もしなかった債権者は、再生計画を作る際に、考慮されていませんから、これも他の債権と同時期に弁済することになると、債務者の返済原資が不足してしまい、せっかくの再生計画実行に支障をきたす可能性があります。
そこで、この場合、再生計画で決まった分割弁済期間(原則3年間)が経過するまでは、債務者から弁済を受けることはできないことが原則とされます(232条3項、244条)。
ただし、その債権者の責めに帰することができない事由で届出ができなかった事情があるなどのときは別です(232条3項但書、244条)。
以上のように、債務者が、特定の債権者を特別扱いする目的から、債権者一覧表に記載しなかった場合でも、その債権は減額されてしまい、かつ、他の債権の分割弁済が終わるまでは返済を受けることができなくなるので、かえって債権者にも不利益となるわけです。
上に説明したとおり、通常民事再生手続においては、債権届出をしない債権者は失権してしまいます。しかし、債務者が債権の存在を知っている場合に、常に失権させるのは公平に反します。
そこで、届出がない債権であっても、債務者が、その存在を知っているならば、「認否書」という書類に、その債権を「自認」する旨を記載することが義務付けられています(101条3項、民事再生規則38条2項)。
もしも、債務者が、これを怠った場合には、債権を失権させず、他の債権と同様に減額したうえで権利を存続させるものとしています(181条1項3号)。これは義務を怠った債務者に対する一種の制裁と説明されます。これが「自認債権」です。
ただし、失権は免れるものの、再生計画の期間内(原則3年間)は、弁済を受けることはできません。届出も自認もない債権は、再生計画作成にあたって考慮されていませんから、他の債権と同時に返済を受けることができるとするならば、原資が不足し、再生計画にしたがった分割返済の妨げとなる危険があるからです(181条2項)。
なお、前述のとおり、個人再生手続では、届出の有無にかかわらず失権をさせないので、自認債権という制度は法定されてはいません(238条による101条の適用除外)。
もっとも東京地裁のように、運用の便宜として、自認債権の取扱いを認めている裁判所もあります。
3.書き漏らした債務者側のデメリット
以上は債権者側のデメリットでしたが、書き漏らした債務者側には、どのようなデメリットがあるでしょうか?
(1) 再生計画とは別枠での弁済を余儀なくされる
まず上に述べたとおり、記載も届出もない債権でも減額の効力が及ぶものの、その返済は再生計画とは別に、再生計画の弁済を終えてから支払い始めなくてはなりません。
記載も届出もない場合に、最終的な返済総額が増加するか、それとも減少するかは、事案によって異なります。
記載も届出もない債権は、最低弁済額を決めるための基準となる債務総額に含まれていませんから、債務総額が下がる結果、最低弁済額も下がる場合があります。
しかし、記載も届出もない債権は減額されるとはいえ、最低弁済額とは無関係に支払わなくてはなりませんから、最終的な返済総額が増加する可能性も高いのです。
そもそも個人再生は、再生計画を実行すれば、もう借金は清算できるという点が大きなメリットのはずです。ところが記載も届出もない債権が残ってしまうと、再生計画をやり遂げても、まだ借金が残っているという状態になってしまいます。
人間が分割弁済のための倹約生活を続けられる期間には限度があります。再生計画が原則3年とされているのは、このためです。再生計画後も返済を続けなくてはならない状態では、節約のモチベーションも維持できず、結局、破綻する危険性が高いのです。
一部の債権を隠したりせず、全てを裁判所に申告して、ひとつの再生計画でケリをつけるべきです。
(2) 申立を棄却される危険
民事再生法は、「申立てが誠実にされたものでないとき」は、裁判所は、再生手続開始の申立てを棄却しなくてはならないとしています(25条4項)。
どのような申立てが不誠実な申立てに該当するのかは、裁判官の裁量によるところが大きく、明確な基準がありません。
特定の債権者の存在を隠した申立ても、不誠実な申立てに該当しないとした裁判例がありますが(※東京高裁平成19年7月9日決定(判例タイムズ1263号347頁))、この事案の第一審は反対の結論をとっており、故意の債権者漏れが悪質と判断されれば、申立てを棄却される危険性は否定できません。
(3) 再生計画が不認可となる危険
民事再生法は、再生手続が法律の規定に違反し、かつ、その不備を補正することができないものであるときは、違反の程度が軽微であるときを除き、裁判所は再生計画を不認可とする決定をしなくてはならないと定めています(174条2項1号)。
冒頭に述べたとおり、個人再生では法律により、全ての債権者を記載した債権者一覧表の提出が要求されています(221条3項)。
したがって、記載漏れが手続の法律違反であることは明らかで、記載漏れ債権者が多数であるとか、全体の債務額に対して記載もれ債権の債務額が占める割合が大きいなど、軽微とは言えず、補正の余地もない場合には、再生計画の不認可事由とされる危険があります。
(4) 個人再生委員の費用を負担させられる危険
債権者漏れが裁判所に発覚し、裁判官に不審を持たれると、裁判所が調査を行うために個人再生委員(223条)を選任する可能性があります(このような事情がなくても、東京地裁のように全件につき再生委員を選任する運用をしている裁判所もあります。)。
その費用(15~20万円程度)は、申立人が負担しなくてはなりません。
4.書き漏らした場合の対処法は?
提出済みの債権者一覧表の記載を訂正することや、債権者の追加をすることを認める法律の規定はありません。
ただ実際には、裁判所は事実上の訂正や追加には応じてくれます。
もっとも、何時までも訂正が可能なわけではありません。
裁判所による再生手続開始の決定が下れば、債権者一覧表は債権者らのもとへ送達されるので、それ以後の訂正は認められないことが通常です(※日本司法書士会連合会消費者問題対策推進委員会編「個人民事再生の実務(全訂増補版)」(民事法研究会)68頁、219頁)。
その場合には、債権者に債権の届出を要請して対処することになります。
届出をすると減額されてしまうから嫌だと言う債権者がいるかもしれません。
しかし、前述のとおり、届出をしてもしなくても減額される点は同じであり、かえって届出なければ、他の債権者への返済が終わった後からの返済になってしまうというデメリットを伝えて理解を得ることが得策です。
5.個人再生は弁護士へ依頼を!
個人再生手続は非常に複雑な手続で、一般の方が、自力で申立ての書類をミスなく作成するのは困難であって、事実上、弁護士に依頼しなければ手続を進めることはできません。
弁護士法人泉総合法律事務所は、個人再生手続を成功させた多くの実績があります。安心してご相談ください。