刑務所に入ったら借金はどうなる?|消滅時効・時効援用
刑務所に服役している人の中には、借金を抱えたまま逮捕され懲役刑となった方もいます。
実際、服役囚の間では「私の借金はどうなるのだろう」「このまま踏み倒せるのだろうか」ということが話題となることもあるようです。
民法には「消滅時効」という制度があります。「借金を長期間返済しなければ返済義務がなくなる」ということを耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
では、服役が長期間にわたった場合には、時効期間は成立するのでしょうか?逆に、服役中に借金を払う手段はあるのでしょうか?
以下では、逮捕され刑務所に入ったら借金はどうなるのかについて解説します。
1.服役中もサラ金やローンの時効は進む
結論から言えば、消費者金融(アコム・アイフル・プロミスなど)やカード会社からの借金、各種ローン、携帯電話料金といった民事上の債権は、刑務所に服役している間も消滅時効の時効期間が進行します。
借金の場合、貸主・借主どちらかが商人であれば商事債権として5年、どちらも商人でなければ10年の消滅時効にかかります(※)。
※なお、改正民法(2020年4月1日施行)以降の契約では、「債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間、権利を行使することができる時から10年間」が時効期間となります。
しかし、時効期間は、一定の事由が発生すると「中断」します。
(2020年4月1日以降に成立した借金については、「更新」と言います)
時効の中断事由(更新事由)があると、それまで進行していた時効期間が振り出しに戻り、時効期間がゼロからもう一度進行することになるのです。
なお、「服役」や「刑罰を科せられたこと」は、いずれも時効中断事由に該当しません。
言い換えれば、刑務所で服役中であっても借金の消滅時効は進行しますが、その間に、時効の中断事由が発生すれば、刑務所の中でも消滅時効は振り出しに戻り、ゼロから再びスタートすることになります。
2.消滅時効の中断事由とは?
時効の中断・更新は、次に説明する3つの場合に発生するものです。
消滅時効の中断事由3つのうち2つ(下記(1)~(2)の事由)は、「債権者側からの権利行使」により発生します。
(1) 裁判上の請求
長期の延滞となると、債権者である消費者金融やカード会社などが「内容証明郵便」などで返済の督促(裁判外での催告)をすることがあります。
この催告を送った時点で、一時的に時効の進行がストップします。
そして、そこから「6ヶ月以内」に裁判上の請求をすると、時効期間は中断されます。
裁判上の請求の種類としては、「貸金返還請求訴訟」=通常の訴訟あるいは「支払督促」の送付が考えられるでしょう。
債務者が服役中でも、民事訴訟を提起されたり、支払督促を送付されたりする可能性はあります。
そして、法律上の権利としては、服役中でもこれに応じる(応訴する)ことは可能です。
しかし、「実際に借金していて返していない」のであれば、勝訴することは難しいでしょう。
貸金返還請求訴訟の敗訴判決が確定すると、借金の消滅時効は「判決確定の日から10年」に切り替わります。
(※支払督促の送達から2週間以内に債務者が異議を述べないときには、「訴訟で敗訴した場合」と同様の効果が生じます。)
判決で10年延長された時効時間が再び満了間近となった際に、時効期間を再度延長する目的で、同一の債権について改めて裁判上の請求がされることもあり得ます。
(2) 差押え・仮差押え、仮処分
債権者が債務者の給与や預貯金などを強制執行で差し押さえたときにも、借金の時効は中断します。
しかし、通常の借金であれば、貸金返還請求訴訟や支払督促による勝訴判決=(債務名義)の取得を経ずに、債務者の財産を差し押さえることはできません。
したがって、借金の消滅時効の場合には、差し押さえで中断するケースはあまり問題になりません。それ以前に裁判上の請求で中断するからです。
(3) 債務の承認
前述の2つは、「債権者が権利行使したとき」に時効が中断する場合でした。
他方で、「債務者が債務の承認」をした際にも、時効は中断します。
債務者による「債務の承認」に該当するものとしては、次のものが挙げられます。
- 借金や利息の返済
- 借金があることを認め、新たな返済条件などの書面を作る
- 返済猶予の申し出
- 返済の意思を示す
例えば、口座引落しで返済している銀行カードローンなどの場合、銀行口座に預貯金が残った状態で服役することになれば、預金残高のある限り返済が継続します。これはつまり、時効が毎月中断しているということになります。
また、たとえば知人からの借金について、服役中に「出所したら払うから待っててほしい」などと返済の猶予を申し出た場合にも時効は中断します。
服役中にローンなどの借入金を家族が肩代わりすることもありますが、家族による返済では時効は中断しません。承認は、「時効によって利益を受ける者」である借金した本人によってなされなければ、時効中断の効力が生じないからです。
なお、最高裁判所は、時効完成前に保証人が一部弁済したケースについて、主債務者の時効中断事由とはならないこと示しています(最判平成7年9月8日金法1441号29頁)。
3.消滅時効の援用の効果
(1) 時効の援用とは
消滅時効は、「時効期間の完成(満了)」だけでは効力が生じません。これに加えて、債務者から「時効の援用」を行う必要があります。
つまり、服役中に時効期間が完成したとしても、時効援用の意思表示をしなければ、法律上は未だ「借金はなくなっていない」ことになります。
「時効の援用」は、債務者から債権者に対して、「消滅時効が完成しているので、時効の利益を受けます」という意思表示をすれば良いだけです。
法律上、時効の援用の方法の形式について制限はなく、口頭で行っても構いません。しかし、あとで「言った」「言わない」といった紛争を避けるために、内容証明郵便を使用して時効援用通知書を送ることが一般的です。
[参考記事]
借金の時効が成立する条件と、時効の援用ができないケース
(2) 服役中の時効援用は難しい
理屈の上では、服役中でも「時効の援用」を行うことは可能です。
しかし、時効の援用を行うには「時効の起算日」などを正確に調査する必要があります。債務者が服役中ならば、本人が知らないだけで実は裁判上の請求などがされていて、「時効が中断している」可能性もあるからです。
正確な調査をせずに時効成立前に援用してしまうと、債権者に時効の中断事由を発生させるチャンスを与えることになり、かえって債務者に不利益となってしまいます。
このように、服役中の方のケースでは起算日などの調査を十分に行えないことがほとんどです。よって、時効の援用は現実的ではないと考えましょう。援用をするならば、服役が終わった出所後に借金について調査の上で援用手続きをするのがお勧めです。
(当事務所でも、服役中の方からの「時効援用」のご依頼はお受けできません。)
4.出所後に債権者から請求された場合には注意が必要
出所後に債権者から借金の返済を求められることもあり得ます。
しかし、実は時効期間が完成しているのに借金の一部を返済したり、返済の猶予を申し出たりすれば、時効は中断してしまいます。
服役中も借金の利息(遅延損害金)が止まることはありません。服役中に全く返済していないケースでは、借金が驚く金額に膨れあがっていることもあり得ます。
「出所後にも残っている借金をどうすれば良いか分からない」「服役をしていた間に消滅時効が完成したと思うから援用がしたい」という方は、一度弁護士にご相談ください。
5.まとめ
ここまでお話してきたように、服役していても消滅時効は完成します。しかし、服役中は時効の援用をすることが難しいので、法律上「返済義務」が完全に無くなるわけではありません。
また、服役中に時効が中断していたときには、そもそも時効期間が完成していない可能性があります。
いずれのケースでも、法律上残ってしまっている債務について、服役後に、自己破産・個人再生といった債務整理を行う必要があるかもしれません。
一方で、時効が完成している可能性が高いのであれば、債権者から請求される前に時効の援用をする必要があります。
どの場合も、慎重に時効の起算日の調査をすることが前提となります。
泉総合法律事務所では、服役後の方に限らず、借金問題を抱えた方のご相談を長年受けてきました。
状況に応じた適切なアドバイスを差し上げることができますので、是非一度ご相談ください。